コラム

目的のために頑張れる理由を探す

目的の根源

人が何か大きな目標に向かって挑戦している様は美しい。

それは人類の長い歴史において、不変的な美徳とすらも感じる。

戦国時代に数多くの武将たちが天下統一を目指していた歴史には、多くの男子が虜になっていたものだ。

さて、今のわたしたち何か目指している未来があるだろうか。

もしもあなたが本気で実現しようとしている未来があるならば、わたしはどんな願いも応援したい。

例えば、“世界征服”はだいぶ困るが、“自分の組織を創る”とか、“不老不死になる”だとかは個人的にも憧れる。

「やりたいことが何もない」結構ではないか。
それは、“やりたいことを探す”という理由に置き換えても面白い。

私はなにも、立派な目的を持てと言っているわけではない。
ただ、人間の行動原理には必ずと言って良いほど、何かしら目的が存在するものだ。

「お昼のご飯はラーメンを食べる」
「木曜日はレースゲームを買いに行く」
「恋愛ドラマを見たらすぐに寝よう」

このように、目の前の目的のために自然と行動している。
それならば、これら目的の根っこには一体どのような理由があるだろう。

 

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目的やゴールの理由は何でも良い

お昼ご飯にラーメンを食べたい理由はなんだろうか。

それには、色んな理由があるはずだ。

目的の中には必ず理由があり、その理由に納得しているから行動を起こす。

しかし現実は、何かしらの分野にチャレンジする理由を見つけるよりも、自分が成功している未来を先に見つけているものだ。

つまり、その成功した未来には具体性がないと、心が燃え上がるような動機は見つからないと考えても良い。

例えば、成功した後に待っている本当にやりたいことや生き方ではないだろうか。

だから、自分自身に素直になり、好きなことや他人に憧れて自分でもやってみたいことなどを、紙に書き出してみるべきだ。

成功の未来像の中には、きっとあなたが頑張れる理由が眠っている。

中にはただ「好きだから」「なんとなく」で頑張れる人だっていたりする。

動機やその理由は自由である。

それなら自己の願望を我慢せず、わたしたちが目指す未来の糧にすることが、人類の偉大な祖先たちが築き上げてきた、世への感謝のカタチとしよう。

わたしたちが忘れてはならないのは、生物である以上「死」に向かっている事実だ。

わたしたちが願望を抑制することで、機械的でシステム化されている社会が加速していく。そこには没個性な家畜のような人間しか見られない。

少し前の日本人にみたいに。

 

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ギリシャの神ゼウスは動機に正直

 

わたしはやりたいことがあったら、すぐにでも実践したくなる人間だ。

その分、失敗も多く経験してきたが、そのどれもがわたしのかけがえのない財産になってきた。

たとえ人に話すのが恥ずかしい夢や将来でも、心の何処かで渇望しているのであれば、これも我慢するのは良くない。

そういえば、ギリシャ神話の神々は欲望にとても忠実だった。有名なゼウス神には100を超える多くの子供たちが居たほどにだ。

彼は無類の女好きで、人妻だろうとお構いなしに手を出す底知れない性欲があったのだろう。

ことあるごとに、人間界で美しい女性を見つけては、「彼女と一夜だけでも共にしたい」そんな理由で息子たちに相談して策を考える。

彼は、そこまで子供が欲しいわけではないが、そんな単純な動機が頑張る理由の一つになっていた。

結果、多くの人々や国家に混乱をもたらすし、目的の達成までにそこまで苦労していなかったりもする。

こんな旦那が実在していたら、わたしが知る限りのほとんどの女性が、愛想を尽かすだけでは済まないだろう。情けないことに、全知全能の神様ですらこの体たらくである。

ともすれば、無知無能なわたしたちなりの“頑張る理由”が、彼の一時の肉欲ごときに劣るとでもいうのだろうか。

その答えには是非とも“ノー”といってやりたい。
勿論、ゼウス神の名前に誓ってだ。

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